こんにちは管理人のみつまめです。
人も組織もミスをする
過去の犠牲の上に、今の安全がある!昭和の国鉄三大事故から学ぶもの
今の日本のJR。
その運行時間の正確さは世界最高水準だ。日本が世界に誇れる鉄道システムであることは、誰もが認めるところだ。
ところが、10月25日付の産経新聞朝刊「昭和100周年」の記事を読んで、みつまめはこれまで知らなかった、またしても昭和の悲しい歴史を知ることになった。(;^_^A
~「昭和の国鉄三大事故」~を少し振りかえってみた。
昭和62年(1987年)、国鉄が分割民営化され、JRとして再出発する以前、国鉄といえば、度重なるストライキや労使対立、巨額の赤字など、決して良いイメージばかりではなかった。
それが今では、清潔な車両、丁寧な接客、そして秒単位の正確な運行。
実にスマートな企業へと生まれ変わった印象がある。
しかし、その輝かしい現在に至るまでには、忘れてはならない悲惨な歴史があったとは。
① 昭和26年(1951年)4月24日 桜木町事故
神奈川県の桜木町駅で発生した電車火災。
死者106人、負傷者92人。
架線との接触によって車両が炎上。扉や窓から逃げることができず、多くの乗客が犠牲になった。
② 昭和37年(1962年)5月3日 三河島事故
東京都荒川区の常磐線で発生した列車の多重衝突事故。
死者160人、負傷者296人。
貨物列車の脱線をきっかけに、旅客列車が次々と衝突。避難中の乗客まで巻き込まれる大惨事となった。
③ 昭和38年(1963年)11月9日 鶴見事故
横浜市の東海道線付近で発生した列車の多重衝突事故。
死者161人、負傷者120人。
貨物列車の脱線をきっかけに、旅客列車が衝突し、多くの尊い命が奪われた。
わずか12年ほどの間に、三つの事故で実に427人もの尊い命が失われたのである。
何とも痛ましい事件が重なった。
当時の遺族の悲しみは、どれほど深いものだっただろうか。
そして時代は昭和から平成になっても繰り返された悲劇
国鉄がJRに生まれ変わって18年が過ぎた平成17年(2005年)4月25日。
兵庫県尼崎市で、あのJR福知山線脱線事故が発生した。
死者107人、負傷者562人。
制限速度を大幅に超えてカーブに進入した列車が脱線し、沿線のマンションに激突した。
昭和の三大事故に匹敵する大惨事だった。
事故の背景には、運転士個人の問題だけでなく、安全管理や企業体質の問題も指摘された。
昭和の悲劇から、私たちは本当に学んでいたのだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。
人も組織も、失敗から学ぶ。しかし、、、
人間は誰でも失敗する。
企業も組織も、最初から完璧なものなど存在しない。
失敗を繰り返し、反省し、改善を重ねながら成長していく。
それは世の中の道理なのかもしれない。
しかし、鉄道事故の場合、その失敗の代償はあまりにも大きい。
失われた命は、二度と戻ってこない。
事故のたびに原因が究明され、安全装置が改良され、運行管理の仕組みも見直されてきた。
今日、私たちが何気なく利用している鉄道の安全には、こうした過去の教訓が積み重ねられている。
だからこそ、忘れてはいけないことがある。
「過去の犠牲の上に、今の安全がある」
この言葉を、単なる美談にしてはならないと思う。
犠牲になった方々は、決して未来の安全のために命を差し出したわけではない。
本来ならば、誰も犠牲にならずに済むことが一番だったはずだ。
定刻よりも大切なもの
日本の鉄道は、時間に正確なことで世界から高い評価を受けている。
それは素晴らしいことだ。
しかし、みつまめは思う。
1分の遅れを取り戻すことよりも、乗客全員を無事に目的地へ届けることの方が、はるかに大切なのではないだろうか。
多少の遅れがあってもいい。
安全のためなら、列車を止める勇気も必要だ。
そして、乗客である私たちも、遅延に対して必要以上に目くじらを立てるのではなく、安全を最優先する姿勢を理解したいものである。
昭和100周年。
華やかな高度経済成長や懐かしい昭和の風景ばかりに目が向きがちだが、その陰には多くの悲劇と苦い教訓があった。
今、当たり前のように電車に乗り、当たり前のように目的地に到着する。
その「当たり前」が、どれほどありがたいことなのか。
みつまめは、今回の記事を読み、改めて考えさせられた。
過去を忘れず、教訓を未来へつなぐ。
それこそが、犠牲になられた方々への何よりの供養になるのではないだろうか。
最後に、国鉄三大事故、そして福知山線脱線事故で犠牲になられたすべての方々のご冥福を、心よりお祈り申しあげます。
二度と同じ悲劇を繰り返さないことを願って。

★合掌。