こんにちは管理人のみつまめです。
今朝、新聞(日経と産経)を開いて目を疑った。
「飯塚事件 犯人DNA型と不一致」
えっ・・・。
一瞬、記事の意味が理解できなかったので、みつまめなりに事件を振りかえってみた(;^_^A
平成4年(1992年)、福岡県飯塚市で小学1年生の女の子2人が連れ去られ、殺害された「飯塚事件」。
殺人などの罪に問われた久間三千年(みちとし)元死刑囚は死刑判決が確定し、2008年にすでに刑が執行されている。
弁護団が当時のDNA型鑑定を改めて検証したところ、犯人と久間元死刑囚のDNA型は「一致しない」とする新たな鑑定結果が得られたというのだ。弁護団はこれを新証拠として、第3次再審請求を行う方針だという。
もし、これがほんとに事実なら・・・
ここで大切なのは、現時点で「久間元死刑囚の無実が確定した」わけではないということがみつまめ視線だ。
新たなDNA鑑定は弁護側が提出しようとしている証拠であり、これから裁判所によって、その信用性や他の証拠との関係が審理されることになるだろう。
もし、この新たな鑑定結果が正しかったとしたら・・・。
心底ぞっとする(;^_^A
久間元死刑囚は逮捕後、一貫して無実を訴えていたという。
それでも死刑判決は確定し、2008年、70歳で死刑が執行された。
死刑は、ほかの刑罰とは決定的に違う。
一度執行してしまえば、取り返すことができない。
懲役刑であれば、後に再審で無罪となった場合、失われた年月を完全に取り戻すことはできなくても、少なくとも本人に謝罪し、名誉を回復し、補償する道は残されている。
しかし、死刑は違う。
命はもう戻らないということだ。
だからこそ、今回の報道が投げかけている問題はあまりにも重く国の責任はあまりにも大きすぎる。
飯塚事件では、被害女児に付着していた血液と久間元死刑囚のDNA型が一致したとする科警研の鑑定が、有罪認定を支える証拠の一つとなったという。
今回、弁護団が再検証を依頼した筑波大学の本田克也名誉教授は、DNA型の電気泳動を撮影したネガフィルムなどを検証。その結果、ネガには切り取られたような痕跡があり、残された部分の位置や形状などから、久間元死刑囚と犯人のDNA型は一致しないと判断したという。
このあたりの科学的なしくみは、あまりにも難しくみつまめには理解できないが、そうなのだろう。
さらに気になるのは、飯塚事件で使われたDNA型鑑定が、後に再審無罪となった「足利事件」と同じ手法だったと報じられていることだ。
第1次再審請求でも福岡地裁は再審開始こそ認めなかったものの、当時のDNA型鑑定について、その精度から直ちに有罪の根拠にはできないとの判断を示していた。
それだけに今回の「DNA型不一致」という新たな主張は、簡単に聞き流せる話ではない。
裁判は人間が行うものだからこそ
みつまめは、司法そのものを否定したいわけではない。
裁判官も検察官も警察官も同じ人間だ。
人間が行う以上、どれほど慎重を期しても、判断を誤る可能性を完全にゼロにはできない。
だからこそ再審制度がある。
そして科学技術が進歩し、過去には分からなかったことが新たに分かるようになったのなら、司法は過去の判断に固執するのではなく、もう一度証拠と向き合う必要があるのではないだろうか。
ましてや、この事件ではすでに一人の人間の死刑が執行されている。
もし将来、再審によって無罪という結論に至るようなことがあれば、それは単なる「裁判の間違い」という言葉だけでは済まされない。
国家が刑罰として一人の命を奪った後に、その人が犯人ではなかったと分かる、そんなことは、絶対にあってはならない。
そもそもそれが事実であるならば真犯人は誰だってことになる。
同時に、この事件で絶対に忘れてはならないのは命を奪われた小学1年生の女の子おふたりだ。
二人の女の子のためにも、本当の真実にたどり着かなければならない。
誰が犯人だったのか。
当時のDNA鑑定は正しかったのか。
捜査や裁判に問題はなかったのか。
そして今回示された新たな鑑定結果は、本当に信用できるものなのか。
先入観を持たず、一つ一つ検証してほしいと思う。
もし無実の人の命を国家が奪っていたのだとしたら、その事実の重さは計り知れない。
命は二度と戻らない。
だからこそ、この第3次再審請求の行方を、みつまめも、世間もしっかり見届けなければならない。
そしてこの報道が真実で疑うことがないのであれば、執行された久間氏の無念ははかりしれない。
法の下、しっかりと検証し事実を一日でも早く検証し一つしかない真実を焙り出してほしい。

★真犯人は誰だ、そして今どこにいる・・・!







