こんにちは管理人のみつまめです。
前回に続き、起こるべくして起こった事件「辺野古沖転覆」をみつまめ目線で綴ってみた。
学校法人同志社が7月31日に公表した第三者委員会の調査報告書は、本文163ページ、別紙資料49ページ、合わせて212ページに及ぶ膨大な資料を印刷し手許に残した。
その結論の結果内容は極めて重い。
学校側の安全配慮義務違反を認定し、「安全管理に対する意識が大きく欠如していた」と第三者委員会は厳しく指摘している。
報告書を読み進めるほどに感じるのは、「なぜ、このような状態で修学旅行という教育活動が実施されてしまったのか」という疑問だ。
なぜ誰もこの危険な状態を止めることができなかったのか、甚だ疑問だ。
安全確認。
危険性の検証。
現地の下見。
緊急時の対応。
教職員の役割分担。
学校として当然備えておくべき安全管理は、十分に機能していたとは到底言えない実態が、報告書によって次々と明らかになった。第三者委員会は、安全管理を船長や乗組員任せにし、学校側は航行中の生徒の安全管理を実質的に行っていなかったと厳しく指摘している。
これが本当に、生徒の命を預かる学校の姿だったのだろうか。
さらに報告書の36ページには、過去に発生した3件の生徒死亡事故についても触れられていた。
過去の事故から十分な教訓を得て、安全文化を組織全体で築いていれば、今回の事故は間違いなく起きていない。
もちろん、この報告書は事故原因や組織上の課題を検証することが目的であり、個人の刑事責任や民事責任を判断するものではない。
17歳という若い命が失われ、多くの生徒が心身に大きな傷を負った事故である以上、事故に至る経緯や関係者それぞれの責任については、今後も適正な捜査や司法手続の中で明らかにされることが望まれる。
誰もが何より、ご本人そしてご遺族の無念を思うとやりきれない。
「なぜ娘は命を落とさなければならなかったのか。」
「なぜ学校は危険を防げなかったのか。」
その問いに対し、組織として真正面から向き合い続ける責任が学校法人同志社にはある。
第三者委員会の報告書はゴールではない。
ここからが本当の出発点だ。
事故の責任を曖昧にしたまま時間だけが過ぎることは、亡くなった命に対しても、これから修学旅行へ向かう全国の子どもたちに対しても許されない。
教育現場で最優先されるべきものは、「学び」より先に「命」である。
この事故を風化させず、徹底した検証と再発防止、そして必要な責任の所在が適正な手続きの中で明らかになることを願ってやまない。
それこそが、失われた命に報いる第一歩になるのではないだろうか。
一刻も早くご遺族の方が告訴した校長はじめとする11名は法の裁きを受けるべきだ。

★みつまめはまだまだ掘り下げて読み込むからね~。
学校法人同志社のホームページより







