こんにちは管理人のみつまめです。
今朝の産経新聞「産経抄」に最近飲酒運転の事故が相次いで起きている事。
そして過去の悲惨な事故について、言葉がでないほどの痛ましい事故を思い出させた記事が記載されていた。
やはり忘れてはいけない、けっして風化してはいけない事故だったので、思い起こし、皆さんにもあらためて飲酒運転の怖さを共有したい。
「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」
あまりにも当たり前の言葉だ。
しかし、その「当たり前」が守られなかったために、何の罪もない幼い命が奪われた事故があった。
2006年8月25日、福岡市東区の海の中道大橋。
一家5人が乗った車が、飲酒運転の車に追突された。
その衝撃で車は橋から海へ転落。
両親は助かったものの、当時1歳、3歳、4歳だった3人の幼い兄弟が亡くなった。
あの痛ましい事故から、今年で20年になる。
~20年だ~。
生まれた赤ちゃんが成人するほどの長い年月が経った。
それでも、飲酒運転はなくなっていない。
なぜなのだろう。
「少ししか飲んでいないから」
「家まですぐだから」
「自分は酒に強いから」
「これくらいなら大丈夫だろう」
そんな自分勝手な判断が、一瞬にして誰かの人生を奪ってしまうかもしれない。
そして忘れてはいけない。
飲酒運転を防ぐ責任は、ハンドルを握る本人だけにあるのではない。
飲酒運転をしない。
飲酒運転をさせない。
飲酒運転を許さない。
そして、見逃さない。
一緒に酒を飲んでいた人が車のキーを手にしたら、
「今日は車やろ。運転したらあかん」
そう言って止める。
代行を呼ぶ。タクシーを呼ぶ。家族に迎えを頼む。
方法はいくらでもあるはずだ。
それでも運転しようとするなら、周囲が止めなければならない。
「まあ大丈夫やろ」
その一言だけは絶対に言ってはいけない。
飲酒運転による事故は、「運が悪かった」で済ませられる事故ではない。
酒を飲んだら、車を運転しない。
たったそれだけのことで防げる命がある。
20年前、海の中道大橋で失われた3人の幼い命。
その事故を過去の出来事として風化させないためにも、私たちは何度でもこの言葉を口にしたい。
飲んだら乗るな。
乗るなら飲むな。
そしてもう一つ。
飲酒運転を、しない。させない。許さない。見逃さない。
家で待っている家族のために。
同じ道を走る誰かの家族のために。
当たり前のことを、当たり前に守る。
それこそが、20年前の悲劇から私たちが学ばなければならない教訓ではないだろうか。
しかし先日、同じ福岡市で、また、幼い3歳の命が犠牲になった。飲酒運転の軽乗用車が前を行くバイク3台に追突、跳ね飛ばされたバイクの一台が道端の親子にぶつかり男の子が亡くなった。
そのご家族は大分市から家族旅行で立ち寄ったところを、事故に巻き込まれたことが報道されている。
加害者は「前日と当日に酒を飲み」、アクセルとブレーキを踏み間違えたと68歳の男は供述している。
呼気から基準値を大きく超えるアルコールが検出されたとも報じられている。
愚行どころか、もはや殺人だろう。
と一部産経新聞の記事を抜粋させてもらった。
常識のまったくないその男に、かけがえのない未来ある子供の命を奪うことは絶対にあってはならない。
何回でも言うよ・・・
のんだら のむな、のるなら のむな
このことは絶対に守らなければいけない。
もう二度と、酒を飲んだ人間が握ったハンドルによって、何の罪もない命が奪われることがないようにと願う。
合掌。








