こんにちは管理人のみつまめです。
「火のない所に煙は立たない」~学校の危機管理は、そんなに甘くていいのか~
昔から語り継がれてきたこのことわざは、ほんとによくできている。
その通りだ。
重大な事故には、必ずその前に小さな異変や油断、ルール違反が積み重なっているという戒めでもある。
今回、東京都内の小学校で発生した火災。
校舎から黒煙が立ち上り、児童たちは屋外へ避難。校舎外のひさしへ一時避難する場面もあり、現場は一時騒然となった火災。
幸い最悪の結果には至らなかったことに安堵した。
しかし、「助かったからよかった」で終わらせていい話ではないはずだ。
報道によりこの火災の原因が少しずつ全貌がみえてきた。出火元とみられる音楽準備室には私物とみられる電気ストーブやサーキュレーターを40代女性教員が持ち込み、燃えた衣類やハンガーも見つかっているという。
警視庁は、私物の洗濯物を乾かしていた可能性も含め、失火の疑いで慎重に調査を進めている。
まだ出火原因は断定されていない。
しかしおそらくそうであろう。
疑う余地なしだ。
だからこそ、今問われるべきなのは、「もし報道どおりの管理実態があったとすれば、それは学校として許されるのか」という一点だ。
「これくらい大丈夫」が事故を生む
大事故は、ある日突然起きるわけではない。
「少しだけ使おう。」
「今日だけなら問題ない。」
「誰にも迷惑をかけない。」
そんな小さな気の緩みが積み重なり、最後に事故という形で必ず爆発する。
火は使い方によって大化けする怖さをもっている。
容赦なく燃え広がる。
だから消防法があり、学校には安全管理マニュアル(ルール)があるはずだ。
人を縛るためではなく、命を守るためにルールは存在する。
教師だから許される?
もし私物の電気製品を持ち込み、校内で私的な目的に使用していたとしたら・・・。
一般企業ならありえないだろう。
会社の備品置き場で私物の洗濯物を乾かし、火災を起こしたとなれば、厳しい責任を問われること間違いなしだ。
では、学校なら許されるのか?。
答えは「ノー」だ。
むしろ学校は、子どもたちにルールを教える場所。
その大人がルールを軽く考えていたとすれば、教育そのものの説得力が失われる。
学校は「安全神話」に甘えていないか
最近、あまりにも学校を巡る事故やトラブルが後を絶たない。
プール事故。
校外学習中の事故。
置き去り事故。
偽りの平和教育の先に起きた事故。
そして今回の火災。
そのたびに聞こえてくるのは、
「想定外でした。」
「前例がありませんでした。」
「まさか起きるとは思わなかった。」
しかし、本当にそうだろうか。
危機管理とは、「まさか」を想定する事ではないのだろうか。
「まさか」を想定しない組織に、危機管理を名乗る資格はない。
そして「火のない所に煙は立たない」
今回の火災も、最終的な原因は捜査結果を待つ必要があるが、これだけは言える。
学校という場所で、危険につながる可能性のある行為が日常化していたのであれば、それは組織全体の管理体制にも目を向けるべき問題だ。
一人の気の緩みで、多くの子どもの命が危険にさらされることになる。
そんな環境に、教育現場はあってはならない。
事故は偶然ではなく、「防げたはずの必然」であることが少なくない。
子どもたちが安心して学べる学校であるために。
今回の火災を「運が悪かった」の一言で片づけるのではなく、安全管理を根本から見直す契機にしなければ、同じ悲劇は、またどこかで繰り返されるだろう。

★事件・事故には必ず原因があるからね(;^_^A









