こんにちは管理人のみつまめです。
昨日のNHK放送「未解決事件」を観た。
子どもを思う苦難の30年間に、想像するだけで胸が痛かった。
平成8年(1996年)9月9日、東京都葛飾区柴又の自宅が全焼し、焼け跡から上智大学4年、小林順子さん(当時21歳)の遺体が見つかった事件だ。
順子さんは、そのわずか2日後、交換留学のため米国シアトルへ旅立つ予定だった。
ジャーナリストを志し、大きな夢を胸に新たな一歩を踏み出そうとしていた順子さん。
その未来を突然、そして無残にも奪った犯人は、30年という歳月が流れた今も捕まっていない。
わが子を失った悲しみを抱えながら、それでも事件の解決を信じ続けてきたご両親。
「なぜ娘が殺されなければならなかったのか」――。
その答えさえ得られないまま過ぎていった30年という時間を思うと、言葉を失う。
犯人は、いったいどんな人物なのか
警視庁によれば、順子さんが殺害されたのは、母親が外出した午後3時50分ごろから、火災の119番通報があった午後4時39分までのわずかな時間だった。
焼け跡から順子さんの遺体が見つかった。
手足をガムテープで縛られ、首を刺されての死亡だった。
犯人は小型の刃物を使ったとみられている。
さらに重要なのが、現場に残されたマッチ箱に付着していたA型の血液が、現在の科学でDNA型情報の分析にも期待がかかる。。
捜査は現在も続いており、事件から30年となった今も警視庁は不審な男の目撃情報などを公開し、情報提供を呼びかけている。
では、犯人はなぜ30年間も捜査網をくぐり抜けることができたのか。
順子さんと何らかの接点があった人物なのか。
それとも、偶然そこに居合わせた人物による犯行だったのか。
放火は証拠を消すためだったのか、それとも別の意味があったのか。
しかし、確実に言えることが一つある。
犯人はこの30年間、逮捕されることなく、今もこの社会のどこかで時間を過ごしているということだ。
なぜ、これほど証拠があっても捕まらないのか
ここで思い浮かぶのが、同じく日本社会に大きな衝撃を与えた未だまだ解決していない、二つの重大な未解決事件が残っている。
一つは、平成12年(2000年)12月に起きた「世田谷一家4人殺害事件」。
幼い子ども2人を含む宮澤さん一家4人が殺害された。
この事件の異様さは、犯人が現場に自らの血液や指紋、衣類など数多くの証拠を残していることだ。
しかも犯行後すぐに逃走せず、家の中にとどまり、冷蔵庫のアイスを食べたり、パソコンを操作したりしたことまで判明している。
それだけの証拠がありながら、いまだ逮捕には至っていない。
なぜだ・・・
近年では現場に残されたDNAの新たな解析も進められ、犯人像を絞り込もうとする捜査が続いている。
もう一つが、平成7年(1995年)7月30日に起きた「八王子スーパー強盗殺人事件」である。
スーパー「ナンペイ大和田店」の事務所で、アルバイトの女子高校生2人とパート従業員の女性、合わせて3人が拳銃で殺害された。
無抵抗の女性3人を至近距離から撃った凶悪事件だった。
こちらも事件から31年が経つ。
未だ、犯人はまだ捕まっていない。
三つの事件に感じる「不気味さ」
柴又、世田谷、八王子。
事件の性質も、犯行方法も、被害者との関係も異なる。もちろん、この三つの事件に関連があるという話ではない。
それでも共通して感じる恐ろしさがある。
それは、これほど重大な殺人事件を起こした人物が、長い年月を経ても特定されていないという現実だ。
なぜ捕まらない・・・
犯人も当時の姿ではない。
30年前に20代だった犯人なら、いまは50代。
30代だったなら、60代。
40代だったなら、すでに70代である。
あるいは既に、亡くなりこの世にいない可能性だってある。
これはあくまで可能性だ・・・。
しかし、もし生きているなら、その人物は何食わぬ顔で日常生活を送りながら、自分が人の命を奪った事実を30年間抱えてきたことになる。
みつまめはそこに、未解決事件特有の恐ろしさを感じる。
「時間」が犯人を守ってはならない
順子さんの父・賢二さんは80歳になった。
賢二さんは殺人事件被害者遺族でつくる「宙の会」会長を務めており、公訴時効撤廃の法改正に尽力をされた方だ。
犯人よ、今どこにいる。
時効という逃げ道は今はない。
順子さんの父、賢二さんは「誰が何のための殺したのか、答えを教えてほしい」と話されている。
つらくても、それがご遺族の心情だ。
ご遺族が生きているうちに真相を願う。

合掌。
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