こんにちは管理人のみつまめです。
安倍晋三元首相が暗殺された日だ。
昨日の産経新聞朝刊には、「何もない暗殺現場」、そして「事件の記憶は風化する」記事が綴られていた。
記事を読み、みつまめが感じたありのままを綴ってみた。
令和4年7月8日。
この日付を見て、胸が締めつけられる人は少なくないだろう。
奈良市の近鉄大和西大寺駅北口。
いつもと変わらない駅前で、多くの人が行き交うその場所で、日本中を震撼させる凶行が起きた。
街頭演説中だった安倍晋三元首相が、突然の銃撃を受け、そのまま帰らぬ人となった。
みつまめは今でもあの繰り返し繰り返し流される映像を忘れはしない。
日本中、いや世界中の人たちがテレビにくぎ付けになったに違いない。
え、、、、なぜ、、、、うそでしょ、、、ほんと、、、
「まさか日本で…」
衝撃の瞬間だった。
暴力で言論が封じられる。
民主主義国家では決してあってはならない出来事だった。
記事にはこう綴られている。
「事件現場近くの歩道には梅雨空の下、花壇に植えられたマリーゴールドやヒャクニチソウなどの花々がぬれていた。衆人環視の中で起きた惨劇を示す痕跡は今、何もない。
マリーゴールドの花言葉は「変わらぬ愛」「悲しみ」。
ヒャクニチソウは「遠い友を思う」。
慰霊碑でなくとも事件を伝える銘板でもいい。大事件の痕跡を何も残さないことは歴史を軽視する行為にほかならない」
と締めくくられている。
同感だ。
みつまめは、なぜこの事故跡地になにも残さないのかがどうしても理解できない。
初めてその場所を訪れた人は、ここで日本の歴史を変えた事件が起きたことさえ知ることなく、あたりまえに通り過ぎてしまうことだろう。
ほんとうにそれでいいのだろうか、心寂しい。
世界には、悲劇を忘れないために残された場所が数多くあると聞く。
ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件の現場。
アメリカ同時多発テロ事件の跡地。
国内でも、大規模災害や事故の現場には慰霊碑や説明板が設けられ、悲劇を語り継ぐ努力が続けられている。
それは、犠牲者を弔い思うこと。
そして「二度と繰り返さない。」
その決意を形にすることが大切だと思う。
「ここで令和4年7月8日、安倍晋三元首相が銃撃され亡くなった。」
その一文があるだけで、この場所は歴史を語り継ぐ場所になる。
記事にはこうも綴られている。
「高市早苗首相も先日訪れたオーストラリアの首都キャンベラにある「奈良平和公園」には、豪政府などが建立した安倍氏の慰霊碑があるという。
しかし奈良市には公的な慰霊碑は何もない。ただ現場から東に約5キロ離れた霊苑には有志による「留魂碑」がある。やはり現場に何かしらの痕跡がなければ、記憶は風化する」と、、、
この背景にはやはり政治的な闇が隠されているとしか思えてならない。
一体その闇は、誰が糸を引いているのか。
謎は残ったままだ。

★6月8日、長野県阿南町内に銅像が建立されたよ。
参考資料:「月刊正論」8月号







