こんにちは管理人のみつまめです。
またまた今朝の産経新聞を見て驚いた記事をご紹介。1989年6月4日、中国・北京の天安門広場で発生した「天安門事件」から37年が経った。
中国が抱える負の歴史を風化させようと、その痛ましい事件のニュースそのものまでを遮断しているという。
また、多くの命を失った犠牲者の遺族に対し、故人を悼む追悼活動や墓参りにさえ制限をかける通知を出したという。その姿勢には強い違和感を覚えざるを得ない。
もう言葉を失うほどの驚きを覚えた。
ひとの命をなんと考えているのか。
習近平、歴史を消して何がしたい・・・
中国は天安門事件をタブー視し、風化させようとしている。
~37年前の歴史を消してはならない~
民主化を求めて集まった学生や市民に対し、中国政府は軍を投入し、武力鎮圧し、多くの尊い命が失われたこの事件。
犠牲者数は319人と発表されているが、実際はこれをはるかに上回る犠牲者を出したとみられていることも記載されている。
世界が目撃したあの日の映像は、現代史に残る悲劇として今なお語り継がれている。
しかし、中国政府はこの事件について国内で語ることを事実上禁じ続けている。
亡くなった家族を偲ぶことは、人として当然の権利である。
政治的立場や思想の違いを超え、愛する人を追悼する行為は誰にも奪うことのできない普遍的な人間の営みだ。その追悼さえ認めないというのであれば、それは国家による歴史への介入であり、人間の尊厳そのものを否定する行為ではないだろうか。
中国政府は長年にわたり、この事件を学校教育やメディアから排除し続けてきた。
インターネット上でも関連する言葉が規制され、多くの若者は事件そのものを知らない状況になってきている。
しかし、歴史そのものは間違いなく消すことはできない。
教科書から削除しても、検索を禁止しても、追悼を封じても、実際に起きた事実まで消えることはない。
むしろ封じ込めようとすればするほど、その行為自体が事件の重大さを物語っているように見える。
どの国にも触れられたくない過去は存在する。
しかし、本当に成熟した国家とは、不都合な歴史から目を背ける国ではなく、その過去と向き合い、反省、教訓として未来へ伝えていく国ではないだろうか。
37年という長い歳月が流れた。
当時を知る人々は高齢となり、遺族の中にも亡くなられた方が少なくないだろう。
それでもなお、「あの日を忘れてはいけない」と声を上げ続ける人々がいる。
私たちは自由にもの言い、自由に歴史を学び、自由に追悼できる社会に生きている。その価値を当たり前と思わず、天安門事件という悲劇を風化させてはならない。
亡くなられた方々への哀悼の意を表するとともに、歴史の真実が語り継がれ、二度と同じ悲劇が繰り返されないためにも歴史を消すことは絶対にさけなければいけない。

★あのときの映像は忘れることができない!