こんにちは管理人のみつまめです。
みつまめが今、最も注目している辺野古沖転覆事件の関係者11人の、刑事告訴調査中の最中、痛ましい「第二の事故」が起きてしまった。
週間新潮9月10日号に、その詳細が克明に綴られていた。
8月23日の朝9時半ごろ、京田辺市内を走る近鉄京都線の踏切で、男性が急行電車にはねられ死亡。これにより1時間20分ほど運転が見合わせられ、およそ1万5000人に影響が及んだという。
「遺体は損傷が激しく身元の特定が困難でしたが、近くにあった自転車や遺体のDNAから、25日、京都市在住の59歳男性と判明、現場の状況から自殺とみられます」
実はこの男性は、3月の研修旅行にも同行していた同志社国際高校の現職教論であった。(記事を一部抜粋)
いったい、この学校で何が起きていたのか。
報道によれば、亡くなった教諭は事故後、
「事故が起きたのは自分のせいだ」
と自らを責め、「生徒に謝罪したい」と周囲に相談していたという。
さらに学校関係者の証言として、精神的に疲弊した教諭が前校長(西田喜久夫校長は8月31付で解任)に~「休職させてほしい」~と申し出たものの、調査中であることなどを理由に「8月いっぱいは待ってほしい」と引き止められたとも報じられている。
これが事実ならば、学校側に問いたい。
なぜ、休ませなかったのか。
事故の調査が大切なのは当然だ。
しかし、人の命より優先される「調査」などあるのだろうか。
休職を申し出るほど追い詰められていた教員に必要だったのは、「もう少し頑張ってくれ」ではなく、まず現場から離し、専門家につなぎ、休ませることではなかったのか。
もちろん、今回の死と3月の事故、あるいは学校側の対応との因果関係を外部から断定することはできない。
だからこそ、学校には説明してもらいたい。
本当に休職の申し出はあったのか。
学校はそのSOSをどう受け止めたのか。
どのような心のケアを行っていたのか。
そして、なぜこの悲劇を防げなかったのか。
一人の生徒が亡くなり、事故に関わった一人の教員も亡くなった。
亡くなった教諭が最後に何を考えていたのか。それは本人にしか分からない。
だから憶測で死の理由を決めつけてはいけない。
しかし、もし「休ませてほしい」というSOSが本当に発せられていたのであれば、その声を組織がどう扱ったのかは別問題だ。
学校法人同志社には、曖昧な説明で終わらせず、事実を明らかにしてほしい。
「休ませてほしい」――。
もしその言葉が本当に発せられていたのなら、それは単なる希望ではない。
命を守るために、組織が立ち止まるべきサインだったのではないだろうか。
もう隠蔽は止めよと強く言いたい。
合掌。