397回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~巻き添え死、心が痛む事故を法はどう裁くのか、、、

こんにちは管理人のみつまめです。

死のうとした男は助かり、生きたかったお嬢さんは亡くなった。これが「過失」で済まされるのか?

~名古屋・飛び降り巻き添え死事件、問われる司法の判断~

言葉が出ないほどの痛ましい事件を知った。

10月27日(火)の産経新聞朝刊で目にした、名古屋市で起きた飛び降り巻き添え死事件。。

今年7月19日、名古屋市中区の繁華街で、マンション11階から29歳の男が飛び降り、たまたま歩道を歩いていた23歳の女性、稲葉朋来(いなば・ほうら)さんが巻き込まれ、尊い命を失った。

何の落ち度もない、未来ある23歳の女性。

一方、自ら命を絶とうとした男は一命を取り留めたという。

死のうとした人間が助かり、生きようとしていた人間が亡くなる。

これほど理不尽で、やりきれない現実があるだろうか。

みつまめは記事を読みながら、胸が締め付けられる思いがした。

この事故、事件について調べ、自分なりに疑問を探ってみた。

なぜ「殺人罪」ではなく「重過失致死罪」なのか?

男は8月、重過失致死容疑で逮捕・送検された。

しかし、娘さんを失った父親は納得できず、殺人罪での起訴を求める署名活動を始めた。

痛いほど気持ちは分かる。

そして本日10月28日、集まった署名と意見書を名古屋地検に提出する予定だという。

みつまめも、父親の訴えに強く共感する。

なぜなら、今回の事件には単なる不注意では片付けられない重大な問題があると思うからだ。

11階という高さから、人通りのある歩道へ飛び降りれば、下にいる誰かを巻き込む危険性があることは容易に想像できる。

そこで問題となるのが、みつまめも初めてしった、法律でいう~「未必の故意」~があるという。

簡単に言えば、誰かが死ぬかもしれないと認識しながら、それでも構わないと考えて行動することのようだ。

仮に男がその危険性を認識し、他人の死亡を容認して飛び降りたのであれば、殺人罪が成立する余地は十分にある。

法律の壁は、想像以上に高い

ただし、ここに難しい問題がある。

人が死亡する危険性を予測できたことと、実際にその結果を受け入れていたことは、法律上同じではない。

殺人罪を成立させるためには、男が飛び降りた当時、他人を死亡させる可能性を認識し、それでも構わないと考えていたことなどを、証拠に基づいて立証しなければならないようだ。

報道によれば、父親は男と直接面会し、下にいる人が死んでも構わないと思って飛び降りたのかと問いただしたところ、男は肯定したという。

この発言が事実であれば、極めて重要な証言ではないだろうか。

もっとも、その発言だけで直ちに殺意が認定されるわけではないだろう。事件当時の精神状態や現場の状況なども慎重に調べる必要がある。

現在、男は刑事責任能力などを調べるため、鑑定留置されている。

司法が慎重に判断する必要性は理解できる。

しかし、だからこそ、最初から過失として結論づけるのではなく、殺人罪の成立も視野に入れた徹底的な捜査を望みたい。

奪われたのは、たった一つの命だけではない

23歳といえば、これから人生の大きな可能性が広がっていく年齢だ。

仕事、恋愛、結婚、家庭、そして数え切れないほどの夢や希望があっただろう。

もちろん、どんな人生を歩むはずだったのかは誰にも分からない。

しかし、その未来を自分の意思で選ぶ権利を、一瞬にして奪われてしまった。

そして、娘さんの帰りを待つ家族の日常も、永遠に失われた。

父親は事件後、自ら現場に足を運び、同じ時間帯の人通りまで調べたという。

その行動を思うと、どれほどの悲しみと無念を抱えているのか、想像するだけで胸が痛む。

みつまめは、いや誰もが「殺人罪」での起訴を求めるにちがいない

自ら命を絶とうとするほど追い詰められた人には、その人にしか分からない苦しみがあるのかもしれない。

その苦しみを軽く考えるつもりはない。

しかし、自分の命を絶とうとすることと、他人の命を奪ってしまうことは、まったく別の問題である。

みつまめは、今回の事件について、「未必の故意」による殺人罪の成立を十分に検討し、証拠が認められるのであれば殺人罪で起訴すべきだと強く思う。

一方で、どれほど悲惨な結果であっても、感情だけで罪名を決めることはできない。そこに司法の難しさがある。

だからこそ、問いたい。

「殺すつもりはなかった」という言葉だけで、他人の命を奪った責任が軽くなってよいのだろうか。

そして、誰かが死亡する危険性を承知しながら行動したのであれば、それは本当に「過失」なのだろうか。

今回の事件は、単に一人の男の刑事責任を問うだけでなく、社会が人の命の重さをどう受け止めるのかという問題を私たちに突き付けている。

亡くなられた朋来さんのご冥福を心よりお祈りするとともに、ご遺族の思いが司法に真摯に受け止められることを願ってやまない。

何回でも繰り返す、、、

死のうとした男は助かり、生きたかった娘は亡くなった。

この理不尽な現実を、決して忘れてはいけない。

みなさんは、この事件をどう思われますか。

殺人罪なのか、それとも重過失致死罪なのか。

司法がこれから下す判断を、みつまめはこれからも注視していきたいと思う。

合掌。

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