390回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~新名神6人死亡、拘禁7年、判決の波紋をどう読み取るか(;^_^A

こんにちは管理人のみつまめです。

6人の命が奪われて、たったの7年? この国の法律は誰を守っているのか!

10月20日、新名神高速道路で6人が死亡した事故の判決が言い渡された。

拘禁刑7年。

えっ、、、たったの7年?

思わず耳を疑ってしまった。

6人もの尊い命が奪われたというのに、求刑通りとはいえ、わずか7年の拘禁刑。

しかも、今回の事故は単なる一瞬の不注意ではない。

大型トラックを運転しながらスマートフォンで動画を見ていたというのだ。

報道によれば、運転手はTikTokの料理動画を見て、スクリーンショットを撮ろうと約13秒間も前方から目を離し、時速約82キロで走行していたという。

時速82キロで13秒間。

単純計算すると、その間に進む距離は約296メートルにもなる。

約300メートルもの距離を、まともに前を見ずに大型トラックを走らせていたことになる。

これを危険な運転と言わずして、何と言うのだろうか。

その 危険な運転なのに「危険運転致死罪」ではない?

これこそ、みつまめが大きく違和感をもった疑問だ。

なぜ今回の事故は「危険運転致死罪」ではなく、「過失運転致死罪」なのだろうか。

ここが素人のみつまめが思う最大の謎だ。

これほど危険な運転をしながら「危険運転致死罪」にならない、なぜ、なぜ?

調べてみると、現在の法律では、危険運転致死罪が成立する運転行為は限定されているという。

例えば、アルコールや薬物の影響による一定の危険な運転、制御が困難なほどの高速度での走行などである。

今回の見解は、スマートフォンを見ながらの運転は、それだけでは危険運転致死罪に該当しないという。

また、速度違反があったとしても、それだけで直ちに危険運転致死罪になるわけではない。

つまり、一般常識で考える「危険な運転」と、法律が定める「危険運転」には大きな隔たりがあるのだ。

そして今回適用された過失運転致死罪の法定刑は、拘禁刑7年が上限。

裁判所はその上限を言い渡した。

裁判官としては、法律の範囲内で最も厳しい判断を下したことになる。

だが、ここにこそ問題があるのではないだろうか。

法律に従えば正しい判決。しかし、その法律自体が現代の交通事故の実態に追いついていないのではないか。

というのも、そもそもこの法律ができた時にスマホが存在していたのだろうか、

仮に時計をこの法律が定められる前の時代に戻し、スマホがあったとしたらどうだろうか。

間違いなく危険運転致死罪に該当する文言がさだめられているにちがいない。

杓子定規な法の下で、時代に合った法律ではない。

失われたのは6つの命、そして6人の未来を奪った事の重大さの責任はあまりにも大きすぎる

今回の事故では、家族5人と別の車に乗っていた男性1人が亡くなった。

家族5人は、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ向かう途中だったという。

子どもたちは、どれほど旅行を楽しみにしていただろう。

家族で笑い合い、楽しい思い出をつくるはずだった休日。

その当たり前の幸せが、一瞬にして奪われてしまった。

もう一人の男性も、家族のもとへ帰る途中だった。

待っていた家族は、まさか二度と会えなくなるなど想像もしなかっただろう。

遺族はこれから先、何年、何十年と悲しみを背負って生きていかなければならない。

7年が過ぎれば、刑期を終える日が来るかもしれない。

しかし、亡くなった6人が帰ってくる日は永遠に来ない。

もちろん、人の命を刑期の長さで単純に計算することはできない。

それでも、遺族が今回の判決に納得できない気持ちは、痛いほど理解できる。

24年前、みつまめの父親も不慮の交通事故で亡くなった。

本当に問われるべきは、法律のあり方ではないか

今回の判決を聞いて、みつまめは、あらためて考えさせられた。

法律は誰のためにあるのだろう。

この法律の壁はあまりにも高く、時には被害者家族に牙をむく。

加害者の権利を守ることも、法治国家にとって大切なことであるのも理解はできる。

しかし同時に、何の落ち度もない人々の命を守り、重大な事故を防ぐ役割も果たさなければならない。

スマートフォンを見ながら大型トラックを運転する。

それがどれほど危険な行為なのか、運転免許を持つ人なら誰でも理解できるはずだ。

ましてや職業運転手であれば、なおさらである。

飲酒運転に対する社会の認識や罰則が厳しくなってきたように、ながらスマホ運転についても、事故の危険性に見合った法整備が必要なのではないだろうか。

ただし、刑罰を重くすれば事故がなくなるという単純な話でもない。

重要なのは、悪質な運転行為を法律で適切に評価し、同じ悲劇を繰り返さない仕組みをつくることだ。

7年という数字が問いかけるもの

遺族の方は判決後、7年という刑期について、軽すぎるとの思いを語り、法改正を求めている。

その訴えを、単なる感情論として片づけてはならないと思う。

裁判所は法律に基づいて判断する。

ならば、その法律が現実に合っているのかを考え、必要に応じて変えていくのは、国会であり、私たち社会全体の責任ではないだろうか。

時代の流れに現行の法律はついていってない。

何回でも言う、6人の命を奪った事故に対し、法律上の最高刑が7年。

この事実を、私たちはどう受け止めればよいのだろう。

今回の判決が間違っていると簡単に言うつもりはない。

しかし、法律の範囲内で最も重い判決が出されたにもかかわらず、これほど大きな違和感が残ること自体、今の制度に問い直すべき点があることを示しているように思う。

失われた命は二度と戻らない。

だからこそ、この悲劇を単なる交通事故のニュースとして終わらせてはいけない。

けっして「法律だから仕方がない」で、済ませて」はならない。

今回の判決を機に、ながらスマホ運転の悪質性と危険運転致死罪のあり方について、国会で真剣に議論してもらいたいことを強く願う。

そして何より、亡くなられた6人の方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、ご遺族の深い悲しみと無念に思いを寄せたい。

7年という刑期は終わっても、遺族の悲しみに終わりはない。

この重い現実を、決して忘れてはならない。

合掌。

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