352回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~張本勲さんを偲んで・・・

こんにちは管理人のみつまめです。

張本勲さん逝く~その人生に最後の「あっぱれ!」を~

「安打製造機」と呼ばれ、日本プロ野球史に大きな足跡を残した張本勲さんが9月9日、86歳で亡くなった。

通算3085安打。

いまだ誰も到達していない、日本プロ野球史上ただ一人の「3000安打」を成し遂げた大打者である。

しかし、張本さんの人生を振り返ると、この3085という数字の裏には、みつまめ含む多くの野球ファンの皆さんには想像もできないほどの苦労があったことを忘れてはならない。

在日韓国人二世として広島に生まれ、幼いころの大やけどによって右手に大きな障害が残った。

そして5歳の夏、広島で被爆した。

原爆では最愛の姉を失い、自らも被爆者として「いつ原爆症が出るかわからない」という不安を抱えながら生きてきた。

さらに、当時の社会には在日韓国人に対する厳しい差別もあった。

右手のハンディ、被爆の記憶、貧しい暮らし、そして差別。

普通なら一つ背負うだけでも人生を左右しかねないものを、張本さんはいくつも背負って野球の世界へ飛び込んだ。

だからこそ、彼にとって野球は単なるスポーツではなかったのではないだろうか。

「打てなかったら生活はどうなる」

そんな切実な思いが、23年間の現役生活を支えていたという。

天才だから打てた。

3085安打という数字だけを見れば、そう思ってしまう。

しかし、その陰には「明日も打たなければならない」という恐怖にも似た執念と、誰にも負けたくないという貪欲さ、そして人知れぬ努力があったのだろう。

現役23年間。

2753試合に出場し、1万1122打席。

3085安打、504本塁打、319盗塁。

首位打者7回。

打率3割以上を16度記録した。

これほど長い年月、結果を出し続けるというのは、才能だけでできることではない。

右手の不自由を抱えながら、むしろそのハンディを乗り越えるために磨き上げた広角打法。

逆境を嘆くのではなく、逆境を自分の武器へと変えていった。

それこそが「安打製造機・張本勲」の真骨頂だったのではないか。

引退後は「球界のご意見番」として、お茶の間でもおなじみの存在となった。

「喝!」

そして、

「あっぱれ!」

時には厳しすぎると批判されることもあった。

しかし、命がけで野球と向き合ってきた張本さんだからこそ、プロの世界に対して妥協できなかった部分もあったのだと思う。

張本さん。

長い長い現役生活、本当にお疲れさまでした。

張本さんが残した3085本の安打も、その豪快な「喝!」も、そして時折見せた満面の笑顔も、野球ファンの記憶から消えることはないでしょう。

最後くらいは、張本さん自身にこの言葉を贈りたい。

右手のハンディを乗り越えた人生に、あっぱれ!

被爆の記憶を背負いながら生き抜いた人生に、あっぱれ!

そして、日本プロ野球史上最多3085安打を積み上げた野球人生に~

大あっぱれ!!

心よりご冥福をお祈りいたします。

★合掌。

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