249回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~年老いた母の日に想う~

こんにちは管理人のみつまめです。

今日は母の日、妻がみつまめの母に贈るプレゼント用意してくれていた(@^^)/~~~

妻に感謝だ・・・!

親父は20数年前、不慮の交通事故でこの世を去った。

母親はこの間、一人でなんとか無事に暮らしている。

自分も年を取ると共に、親も年をとる。

今日、母の日に思うこと~人生の後半を迎えて気づいた「母の存在」~を少し考えてみた(@^^)/~~~

気がつけば、自分も人生の後半を歩く年齢になった。
若い頃は、毎日を必死に生きることで精一杯で、「親が年を取る」という現実を、どこか遠いもののように感じていた。

いや気付かなかったのかもしれない(;^_^A

しかし最近、母の姿を見るたびに、時間の流れを強く感じるようになった。

昔は何でも素早くこなし、家族を支えていた母。
朝早く起きて弁当を作り、家事をこなし、時には厳しく、時には優しく家族を見守ってくれていた。
それが今では、「重い物が持てなくなった」「階段が少し怖い」と口にするようになった。

こちらが年を重ねた分だけ、母もまた、確実に年を重ねている。

子どもの頃は、母の愛情を「当たり前」だと思っていた。
しかし、自分が家庭を持ち、仕事や子育て、人間関係に悩むようになって初めて、母がどれほど大変な毎日を送っていたのかを少しだけ理解できるようになった。

どんなに疲れていても、家族のために動き続ける。
自分のことは後回しにしても、子どものことを優先する。
その姿は、今思えば本当にすごいことだった。

母の日になると、毎年「何を贈ろうか」と考える。
花、スイーツ、食事…。もちろんそれも大切だと思う。

でも、本当に大事なのは、「ありがとう」を伝えることなのかもしれない。

年齢を重ねるほど、人は「また来年がある」と思いがちになる。
けれど、親と過ごせる時間には限りがある。

だからこそ、照れくさくても、少しでも感謝を言葉にしたい。

「いつもありがとう」
「身体を大事にしてね」
その一言だけでも、きっと親にとっては嬉しいものだと思う。

人生の後半を迎えた今、母の日は単なるイベントではなく、「親との時間の大切さ」を考える日になった。

今日も、母親はみつまめに言った。

話し相手をしてくれてありがとう、、、と

親が元気でいてくれること。
何気なく会話できること。
それ自体が、実はとても幸せなことなのだとあらためて感じた日になった。

妻はみつまめに言った、今日、我が息子は母の日のことを覚えているだろうか?

まちがいなく分かっていないだろうと(;^_^A

しかし、いつかは、我が息子も妻に感謝の気持ちを伝えるだろうと(@^^)/~~~・・・

★今日は雲一つない晴天の穏やかな日だった(@^^)/~~~

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