こんにちは管理人のみつまめです。
おそらく多くの方は、みつまめと同じく尖閣の歴史を深くはご存じないだろう。
以前、門田隆将氏、著作の「尖閣1945」をご紹介したのは記憶にあたらしい。
圧倒的な事実と壮絶なドラマ、奇蹟の生還、感動の尖閣領有ノンフィクションだ
著書のはじめには、こう書かれている。
「あなたは、”尖閣戦時遭難事件”を知っていますか?」
門田隆将氏の場面描写は読み手にとっては目の前にそのドラマが手に取るようにそして目に浮かぶほどわかりやすい。
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今回、著書の中に尖閣(鳥島)が紹介されていることをきっかけに、石井望氏(長崎純心大学准教授)から門田隆将氏に連絡が入り、今回の対談が実現したようだ。
ここで中国と日本の領土である尖閣の問題を少し振りかえってみよう。
尖閣諸島は日本が1895年に正式編入し、長年日本が管理してきた。しかし中国が「自国の領土」と強く主張し始めたのは、1960年代後半に東シナ海で石油・天然ガス資源の可能性が指摘されて以降とされる。1971年には中国と台湾が領有権を正式主張。現在も中国は海洋進出を進め、日本側も安全保障上譲れないため、尖閣問題は解決していない。
要は、中国はいいとこどりをしたく、ああでもないこうでもないと身勝手な言い分を長年続けている。
しかし、今回の月刊「正論」の門田隆将氏と石井望氏との対談で、一発で、中国を黙らせる歴史があったことを、石井望氏は史料を基に語られている。
1660年、江戸時代の「オランダ商館日誌」に記録された出来事のひとつに、オランダ船(ハープ号)が「鳥島(現在の東シナ海、尖閣諸島)」付近で遭難・漂流した事件。
当時、長崎の出島で貿易をしていたオランダ船が暴風雨に巻き込まれ、太平洋上を漂流。乗組員の一部が鳥島へ流れ着いた。しかし鳥島は水や食料が乏しい孤島で、救助も困難だったため、多くの乗組員が極限状態に置かれたとされている。
オランダ商館日誌(もちろんオランダ語)によると、鳥島で救出された水夫たちの治安は、日本側によってたもたれたそうだ。つまり日本側の統治が行き届いていて船員が救助されたことで、このときオランダ側は鳥島が日本のものだと認識したようだと石井氏は語り、
門田氏はこれは尖閣が江戸時代から日本領だったという重要な証拠の一つだと語っている。
もう1660年にはすでに尖閣は日本側が統治し、日本の領土であったことは間違いない。
この「オランダ商館日誌」は石井氏が発見されたわけではなく、この存在は自体は昔から歴史学の基本のようだ。
石井氏は既にこの史実を10年前に発見しカナダでの国際学会でも発表されておられ、当然、外務省の外郭団体にも知らせてあるようだ。
しかし日本政府はなぜか無関心という。
さらに細かくこの6月号「正論」には史実が語られているので、手に取っていただきたい。
まだまだみつまめも知らなさすぎる多くの歴史がある。
この6月号「正論」の対談が幅広い多くの方に読まれ、知れ渡り、間違いなく尖閣は日本の領土であることを胸を張って言い続けたいよね(@^^)/~~~
今回、こんな尖閣(鳥島)の歴史があったのか~をご紹介させていただいた。少し長くなってしまったが、読者のみなさんにとって、知識の一助になればと思う。

★尖閣は日本の領土で間違いない(@^^)/~~~中国さんバイバイ・・・