こんにちは管理人のみつまめです。
223回のブログでも公開した「痛ましい事故、いや事件」
みつまめもまだまだ納得できない、モヤモヤ感が募るばかりだ。
あの痛ましい事故、あえて云う事件から10日余りが過ぎようとしている。
先日、様々な情報が行き交う中、学校からの保護者説明会が行われた。
そして多くの疑惑が浮かび上がってきた。
繰り返して云う。
なぜ、左翼の抗議船に子供たちを乗せた。
船2隻になぜ学校の教員を乗せなかった。
波浪注意報が出されたのになぜ出航を中止しなかった。
なぜ付き添いの先生は、悪天候の中、出航の中止をしなかった。
この修学旅行受け持った主催旅行会社にも問題はある。
東武トップツアーズだ。
3月24日公式サイト上で、今回の事故について声明文を発表している。
いくら学校側が直接選定・手配した今回の抗議船とはいえ、旅行全体の行程を管理する立場であるならば、教育の一環としてふさわしくないとなぜ言えなかったのか。ここにも市場の原理が働き、止めることができなかったのが原因のひとつだ。要はお客様である学校に何も指摘ができない構造となっているからだ。
修学旅行専門の部署が取り扱っているならば、教育上、左翼の抗議船に乗ることはNOだと突きつける勇気がほしかった。
多くの問題があふれ出る今回の事故、事件。
亡くなった17歳の女性生徒の事、またご両親の心情のことを考えると、心底、言葉がでない。
保護者説明会の中、亡くなった生徒の母親が涙ながらに批判した。
「当日船を見て、18人の生徒の命を預けるに値すると誰が判断したのか」
「教員はどんな根拠で海岸から離れたところで待機していたのか」
この報道を、みつまめは目にしたとき、涙が浮かんだ。子供はどんな苦しかっただろうと思うといたたまれない気持ちになる。
正直、誰もが納得できないだろう。
何回でも云う、そもそもなぜ左翼の「抗議船」に乗らなければいけなかったのか。
親も知ることなく子供たちは左翼の誘導に乗せられてしまった(;^_^A
“学校は本当に命を守る気があったのか”
重ねてこう言いたい!
これ、本当に防げなかった事故ですか?
「想定外」で済ませるには、あまりにも身勝手すぎる釈明だ。
事故のあと、繰り返される説明。
「想定外でした」
「安全には配慮していました」等々の意味合いの言葉を繰り返す西田校長。
命の大切さをほんとにわかっているのですか。
早く退任そしてその退職金を遺族に、お詫び金として全額渡してください。
あなたに退職金を支払うことはあってはならない、遺族が受け取らなければ返上してください。
安全配慮に欠けていたでは到底、納得できない。
ならば問われるべきはひとつしかない。。
その判断、本当に正しかったのか?
■ 「平和学習」の名のもとにいろいろと弁明している感が見受けられる。
しかし、どんなに意義のある学びでも、
命より優先されるものは絶対にない。
それでも実施された理由は何だったのか。
- 中止できなかった事情
- 無理をした判断
- 「ここまでなら大丈夫」という過信
もし少しでもあったのなら、
それは教育ではなく間違いなく“判断ミス”だ。
■ 親が知りたいのは「説明」じゃない
学校は、ありとあらゆる釈明をする。
経緯も、状況も、手順も。
しかし、親が本当に知りたいのはそこではない。
- なぜ止めなかったのか
- 誰が最終判断をしたのか
- その判断基準は何だったのか
そして何より――
「自分の子どもでも同じ判断をしたのか」
ここに答えがない限り、
どんな説明も限りなく“言い訳”しか聞こえない。
「安全には十分配慮していた」全然十分ではない。
その結果がお二方の“死亡事故”に繋がっている。
配慮していたかどうかではなく、
守れたかどうかがすべてです。
守れなかった以上、
どこかに見落としや判断の甘さがあった可能性は否定できない。
■ これは“どこの学校でも起こり得る話”だ。
今回の問題は、一つの学校の話では終わらない。
- 校外学習の判断基準
- 現場の危機管理
- 「予定通り進める」ことへの圧力
これらは、多くの学校に共通する問題。だからこそ怖い。
2022年4月23日、北海道知床遊覧船沈没事故、26人全員が亡くなった教訓が一切、活かされていなかった。
海上の天候や波の状態には、十分な注意を払うことを主催者側は完全に怠った結果だ。
残酷な結果が起こった今回の事件。
「うちの子でも起きていたかもしれない」・・・誰もがそう思ってしまう現実を目の当たりにした事件だった。

★第三者委員会の中で原因究明を求める






