235回 秘みつのまめ園~毎日が筋肉痛~ANA事故の記憶・・・そうだったのか(;^_^A

こんにちは管理人のみつまめです。

人間は忘れる動物であることは間違いない(;^_^A

いや知らないほうがいいこともある・・・

今月、日経新聞の定例の特集「私の履歴書」には、ANAホールディングス会長:片野坂真哉氏の回顧録が掲載されている。

そして今日、「事故の記憶、次代につなぐ」を表題にし「誠実さ」貫き、問い直す原点とし、痛ましい過去の航空機事故を振りかえり語っている。

一部記事を抜粋↓、

・1966年2月:東京湾墜落事故 乗員乗客133人、全員死亡

・1966年11月:松山沖墜落事故 乗員乗客50人、全員死亡

・1971年7月:岩手県雫石町の上空:ANAの旅客機と航空自衛隊の訓練機が衝突 空中分解し、162人、全員死亡

以来、今日までの55年間、犠牲者はゼロを継続。

この3件の痛ましい事故を経験し空の安全に関わる全ての社員・関係者のたゆまぬ努力を賜物だと語り、「安全が全て」この1点だと強く語られている。

みつまめは思う、、

当事者、そして亡くなった遺族のご家族の方達はけっして、この痛ましい事故は忘れない。

しかし携わらない、みつまめを含む多くの方達の記憶は時間と共に薄くなり、そして忘れかけてしまう。

ほんとに人間は無常の生き物だ。。

痛ましい事故はANAだけではない。

過去、日本国内のJALも国内問わず痛ましい事故を起こしている。

なかでも1985年 日本航空123便、群馬県御巣鷹山、乗員乗客520人の亡くなったニュースは忘れられない事故だった。

今朝の記事の最後には「安全に100%があると思ってはいけない。ただ、99・000・・・と限りなく100%に近づけていく日々の努力をグループ社員全員で禺直に積み重ねていきたい。」

と締めくくられていた。

全くそのとおりで、共感する記事だった。

前回234回のみつまめのブログに公開させていただいた「辺野古沖転覆事故」は未然に防げた事故、いや事件だった。

主催する側は命の安全を第一に考え考え抜き行動しなければいけないことを、あらためて今朝の記事は多くの皆さん方に訴え、共感された記事だったと思う。

今やANAは世界トップクラスの安全を約束いただいた航空会社だ。

みつまめも、ファンとしてANAをよく利用させていただいている。

これからも気を緩めることなく「もうはまだなり、まだはもうなり」という格言を思い出しみつまめも行動・口動を心がけたいものだ。

★航空会社には命をあずけているからね

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