こんにちは管理人のみつまめです。
消息不明から数週間が経ち、まだ発見されない、京都の小学校5年生の男の子。この現実は親にとって心配で心配で夜も眠れないほどの辛さだ。
みつまめも子を持つ親として、もし自分に同じような現実が突き刺さったらと思うと、ぞっとすると同時に、自責の念に駆られるだろう(;^_^A
【突然、子どもが消える】
あの山梨キャンプ場失踪もそうだった。突然自分の子が消える。あってはならない。いろんな子供に関する事故・事件はあるが、やはり原因は親の責任につきる。
そして普通だった日常生活が360度変わり、終わりを迎える。
「いってきます」と出ていったまま、帰ってこない。
それは、どの家庭にも起こり得る現実だ。
京都で起きた小学校5年生の男の子の行方不明。
そして、山梨のキャンプ場で忽然と姿を消した女の子の事件?事故?が重なる(;^_^A。
どちらも、特別な日ではなく“いつも通りの日”だったはずだ。
共通点①:目を離した「ほんの数分」どちらのケースにも共通しているのは、
👉 大人の目から離れた時間が極めて短いこと
- 少し目を離した
- すぐ戻ると思っていた
- 近くにいるはずだった
その「ほんの数分」が、取り返しのつかない分岐点になる。
共通点②:「大丈夫だろう」という油断
学校帰りの見慣れた道、家族と一緒のキャンプ場、人の目がある場所
👉 「ここなら大丈夫」
しかし現実は逆な場合が起こり得る。
“慣れている場所”ほど、警戒心は下がる。
共通点③:子どもは予測できない行動をする
子どもは大人と違い、
- 気になるものを見つけると追いかける
- 突然方向を変える
- 声をかけられると反応してしまう
つまり、
👉 「その場にいる前提」が成立しない
みつまめも何回もこのケースを体験している、だから、子が小さい頃は必ずどこに行くのも手を放したことはない。
共通点④:事故か事件か、判断がつかない
こうしたケースで最も恐ろしいのは
👉 何が起きたのか、すぐに分からないこと
- 転落や迷子などの事故なのか
- 誘拐などの事件なのか
初動が遅れれば遅れるほど、最悪な様々なケースを想像してしまう。
親として考えなければいけないこと
ここまで見てきて、はっきりしていることがある。
それは👉 「特別な状況じゃなくても起きる」ということ。
だからこそ必要なのは、“日常の中の意識”をさらに持つことだ。
今日からできる3つの意識を考えてみた。
①「見えている」は安心ではない
視界にいなくなった瞬間から、すでにリスクは始まっている。
②「数分なら大丈夫」は危険
事故や事件は、一瞬で起きるもの、つまり紙一重で起きる。
③「もしも」を前提に動く
- 名前を呼び続ける
- すぐ周囲に助けを求める
- 迷わず警察に連絡する
👉 “初動が大切だ”それが命の明暗を分ける
子どもがいなくなる瞬間は、日常のすき間で起きている。
だからこそ~自分には関係ない~と思わないことだ(;^_^A
しかしこの事件・事故は不思議な事ばかりだ。
もしかして最初からボタンのかけ間違いをしていたのかもしれない。
しかし、おそらく警察はすでに何かしらの答えは持っているはず。
外堀を固め一気に解決に動くだろう。
今朝も、SNSで様々な情報が飛び回っているが、ぞっとする情報が目に留まった(;^_^A
父親の前職は〇〇〇個体減容化施設という、このことを意味するものはなにか?
SNS情報、溢れかえった情報、
嘘か誠か、何れにしても一刻も早く無事な姿を見せて欲しいからね・・・

★情報にあふれる社会、どれがいったい真実なのか、自分自身が頼りだよ(@^^)/~~~